PROFILE

宇佐見 裕子

Yuko Usami

PROFILE

宇佐見 裕子

Yuko Usami

略歴

AB型
姉、弟
兵庫県芦屋市在住

1963年5月1日福島県白河市生まれ
1987年 東京都公立中学校で数学教師となる
1995年 退職後宇佐見博志と結婚、大阪にて新生活
1998年 第1子誕生
1999年 兵庫県芦屋市に転居
2000年 第2子誕生
2009年 芦屋市教育委員会 教育委員に就任
2013年 同 教育委員長として退任
2017年 7つの習慣(R)実践会ファシリテーター認定取得

一般社団法人 7つの習慣(R)アカデミー協会認定
7つの習慣(R)実践会ファシリテーター(1期生)
7つの習慣(R)ライフコーチ・アソシエイツ
7つの習慣(R)FBCコンサルタント

モーニング・ルーティン

朝陽を見ながら起床。神棚に向かい、感謝から一日のスタート。
芦屋浜のビーチまでウオーキング。砂浜でアーシングしながら六方拝。その後、海辺で瞑想(第7の習慣の実践)。家に帰りシャワー、そしてコーヒーブレイク。スケジュール確認しながら一日の流れをイメージ(第2・3の習慣の実践)。フルーツたっぷりの朝食を前に夫との会話を楽しむ。

好きなことば・座右の銘

「現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。人のあるべき姿を見て接すれば、あるべき姿に成長していくだろう。」
ゲーテ(完訳版7つの習慣より)

「自分自身と一つになること、愛する人や友人、同僚と一つになることが「7つの習慣」の最高で最良、もっとも実りある果実である。」
スティーブン・R・コヴィー

好きな作家

スティーブン・R・コヴィー
本田健
斎藤一人

宇佐見裕子をめぐる7つのエピソード

episode1.

のどかな里山。
大好きな恩師との出会い、そして教師になる夢

福島県白河市(当時は西白河郡)、山に囲まれた所で、両親は小さな雑貨店を経営。田舎だから季節物のひな人形から、暮らしの日用品、お菓子までなんでも扱うようなお店でした。私は3人姉弟の真ん中で、口数が少ないながらも好奇心旺盛な性格。工作するのが好きで、自分サイズのダンボールハウスとか、いろんな場所からモノをひっぱり出して集めてきてはつくる!を繰り返して母親からよく怒られていました。色々な物を勝手に使っていたので(笑)。普段は友だちと野イチゴや桑の実を摘んだり、栗やクルミを拾ったり、川でドジョウをとったりと、のどかな景色が続く自然の中で伸び伸び育ちました。

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男子19名、女子9名のたった1クラスだけでしたが、小学校3年生から5年生まで3年間担任をしてもらった先生がとても印象強かったです。教科書に頼らずに、じっくり考えさせてくれるような授業がユニークで、みんなで調べて、考えて、発表するような行動することの大切さと楽しさを学ばせてもらいました。学校ごっこをするときは先生役でしたし、自然と将来は先生になるのが夢になりました。思い返せばその先生の影響が大きく、のちに私が教育に関係していく原点だったのかもしれません。

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episode2.

福島から東京の大学へ。
教師の夢を実現、社会の風潮と さみしい子どもたちと校内暴力

そして教師になるため上京、東京学芸大学へ。姉も教師志望でしたので同じ大学に通い、都内で同居していました。大学時代は、他大学からも気軽に集まって楽しむテニスを中心にした遊びのサークルに所属。サークルでは副部長で、旅行会社も巻き込んで長野へのスキーツアーを企画、募集活動からツアー決行まで段取りをした学生企業の走りのような活動をしたことは、心に残る思い出です。当時の部長はそのまま旅行会社設立(笑)。
1987年、計算は苦手でしたが証明問題など考えるのが好きな思いが実を結んで、結果数学の教師になりました。教師になってすぐ、最初の教育現場は東京の八王子にある公立中学校でした。ひと学年9クラスもあるマンモス校で2年目から担任を持つようになりましたが、椅子が飛んできたり、廊下が水浸しになったり、毎日壮絶な校内暴力に悩まされるようになりました。

バブル全盛、好景気でしたが、子どもに目がいかない親たちがあふれ、心を置き去りにされた子どもたちの非行が社会現象となった時代でした。そんな状況が3年は続いたように思います。ただ不思議なことに、受け持ったクラスの子どもたちとは、今でも交流があります。やんちゃだった子が社長になってて、パソコンが壊れたら直してくれたり(笑)。
中学校の教師時代は忙しく、新任でしたがバレーボール部の副顧問もしていたので、あまり休みがなかった記憶があります。6年いた八王子の中学校を離れ、調布の中学校で3年間、東京では9年間の教師生活でした。雑貨店経営の両親のもと、教育一家じゃないはずが、なぜか姉も自分もそれに弟までも教師に。姉と弟は現役教師、私だけ脱落しましたが(笑)。

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episode3.

its a Beautiful Day!
コミュニケーションの取り方と自己受容。 人生を変えてくれたiBDセミナー

八王子で教師をして問題を抱えた子どもたちとの接し方に悩んでいたころ、コミュニケーションの取り方に関する本を数多く読みました。そんな時、元教育実習先の先生に「iBDセミナーに行ってみないか」と誘われたのです。
iBDは、its a Beautiful Day!の頭文字で、セミナー主宰者は日本コーチング界の草分け的な存在、伊藤守さん。「自らの価値に気づく」をテーマに主婦や経営者などさまざまな方たちが受講していて、ベーシックセミナーは3日間、その後4日間、さらに3か月と各プログラムに分かれていました。
会場では伊藤さんが悩みを持つ参加者の魂にダイレクトにアクセスして、その人が解き放たれ変わっていく瞬間に立ち会ったことは、忘れられない光景です。表面からは見えない心の奥にある課題を引き出すセッションの様子を、リアルタイムで見ていたわけです。
同じころ「宇宙存在」「スピリチュアルなこと」「見えない世界」について、興味がでてきた頃でもありました。ときどき自分の直感、不思議なできごとも体験していたので、それって何だろう、とiBDセミナーで探求していたのです。
セミナーのプログラムを全部受講したのちに、アシスタントの立場でセミナー説明会のサポートを始めました。昼間は教師、夜間や休日はアシスタント、とまるで別世界でしたが新鮮でとても楽しかったことを覚えています。

episode4.

運命の出会い。結婚。
夫婦だけの水中出産

そのセミナーで夫のヒロ(宇佐見博志)と出会いました。彼は勤務先の会社を通じてセミナーを受講していましたが、自分との交流は少なく顔見知り程度の認識でした。第一印象は大企業の人。P&Gなのに、「Johnson&Johnsonの人だ」と勘違いしていたほど(笑)。ぐいぐい引っ張ってくれるような男性が好きなタイプでしたが、ヒロは自由な雰囲気でしたので、はじめは特に異性として意識もしないような存在でした。ある時、セミナーのプログラム中、ヒロをみて、「うわ、この人、わたしと結婚する人だ。」との突然のインスピレーション。同時に「でもめちゃくちゃ苦労もする!」とのイメージも(笑)。そんなお告げのような揺らがない直感が現実になり、交際。プロポーズを受けたのはその2か月後だったのを記憶しています。
それから阪神淡路大震災の年に結婚。彼の転勤がきっかけで東京から大阪へ転居しました。
当時32歳、待望の妊娠でしたが流産。軽率な行動が原因かと自分を責め、しばらく落ちこんでもいました。さらに、病院での機械的な処置や事務的な待遇を受けたことにも大きなショックを受けました。その経験から、赤ちゃんの心に寄り添いながら自然な形で命の誕生を迎えたい、という思いを強くしました。ヒロもその気持ちを理解してくれて、二人でほかの出産方法を見つける糸口を探していたころ、自宅出産の経験がある友人に行き当たりました。実際に体験談を聞きに行ったことをきっかけに、ヒロと二人、自宅出産を決意。その友人の紹介で、大阪のマタニティスクールに通い、子どもは両親を選んで世に産まれてくるし、使命をちゃんともっているという、赤ちゃんの魂を大切にする考え方をそこで学びました。

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スクールではおなかの赤ちゃんとコンタクトをとるための「胎教瞑想」を教えてもらいました。おなかの赤ちゃんに「いつ産まれてくるの?」とたずねたら、偶然自分の誕生日と重なって「5月1日に産まれてくるよ~」「男の子だよ~」とメッセージを受けたのです。夫婦で喧嘩していたら、おなかの中から仲裁に入ってくるメッセージを受け取ったことも(笑)。
4月30日、翌日産まれると信じて、ヒロと食料品の買い出しに。100均で、へその緒を切るハサミやタコ糸なども買いに行きました。出産費用400円(笑)。スクールで習った24時間風呂を実践して、いつでも入れる状態でお風呂を沸かして準備。驚いたことに赤ちゃんが言っていた通り、翌日出産になりました。浴室での水中出産。お風呂から赤ちゃんを引き上げた時、目が開いていなくてぐったりしていたのでヒロはかなり焦ったみたいでしたが、私は意外と落ち着いていて、逆さにしてお尻をポンポンってしたらほどなく元気な声で泣いてくれたので、ほっとしたのを記憶しています。チャネリングでは男の子と聞いていたはずが、生まれてみたらついていなくてびっくりしました(笑)。
2年後に息子も授かり、2児の母として子育てに奮闘する日々でしたが、今思えば幸せな日々でした。

episode5.

家族関係の悩み、葛藤。そして解放。
「7つの習慣」との出会いへ

PTA会長や教育委員・教育委員長を歴任して、学校関係の役目を終えたころ、子育てもひと段落。急に寂しくなったけれど、夫婦で向き合う準備もできていない、自分はこれからどうしたらいいかわからなくて思い悩んでいました。ヒロがあちこち飛び回っている姿が自由に見えて、自分に家事と育児を任せきりにしている彼に不満でいっぱいでした。他の女性と話しているほうが楽しそうに見えたりもして、卑屈に感じている自分が嫌でした。彼がインドに行く予定を直接ではなく娘から聞いたときは、怒りがマックスに達し、「プツンッ!」信頼の綱が音を立てて切れた感じです。息子の学校行事には仕事があって行けないっていうのに、長期休暇取って海外とは、どういうこと??しばらくは話どころか、顔さえ見たくありませんでした。笑顔が消え、辛く孤独な日々が始まりました。それから約半年、ヒロとは口をきくことがなくなりました。
家では不機嫌、でも外では悟られないように、とバランスをとるのが苦しく葛藤が続いて…。彼の洗濯物は畳まない、彼の食事は温めない、みたいなひどい妻(;^_^A。夫も自分も大嫌い!

同じ頃、娘との関係も最悪でした。娘は小学校受験に失敗していたので、自ずと中学校受験で力が入ってしまいました。しかしながら、第一志望の学校には入れず、完全にやる気スイッチが切れた状態。中学に入ってからというもの、勉強しない、遅刻はする、というだらしのない生活。元教師の私にはとうてい受け入れがたい現実でした。せっかく私立中学校に通わせてあげているのに、恵まれているはずなのに、なぜそんな生活態度なのか、なぜ学ぼうとしないのか、将来どうするのか、と娘を変えたい一心でバトルを繰り返す日々でした。私からも家族から笑顔が消えた殺伐とした家庭。当時中学生だった息子が唯一心のオアシスでした。ですが、その息子も次第に心を閉ざしていきました。ある日、息子の連絡帳に「家のことは大丈夫か」と先生からの赤字のメッセージを偶然発見、このままではいけないと強く思いました。それからというもの、解決法と心の平穏を求めて毎週図書館に行っては、自己啓発系やスピリチュアル系の本を次々手に取って読んでいました。一時は心穏やかになるも長くは続かず、1冊読むたび平穏とまた荒波の繰り返しの日々でした。

そんな暗いトンネルにいる私に灯りをくれた1冊が『7つの習慣』。書店の自己啓発系のコーナーには7つの習慣の関連本もたくさんありましたが、読んではいませんでした。まさに、灯台下暗し。私にとって一番大切な本は、なんとウチの本棚にありました。ビジネス書だとばかり思っていましたが、夫婦関係や子育てのヒントが満載の本でした。「問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそ問題である」この一文に雷が落ちたような衝撃を受けました。「夫が、娘が、変わってくれたらいいのに!」と思っていた、自分の内にあるその考え方こそが問題だったと気づかされたのです。

episode6.

7つの習慣(R)アカデミー協会との出会い。
7つの習慣を実践し始めたらどんどん人生が変わっていった

7つの習慣に出会ってほどなく、7つの習慣(R)実践会ファシリテーター養成講座1期生の募集が目に留まりました。7つの習慣の師匠、一般社団法人7つの習慣(R)アカデミー協会 代表理事 斎東亮完さんとの運命的な出逢いです。彼が熱く想いを語る動画を観て、涙…。完全に心打たれました。私の人生が大きく変わるかも!そんな予感がしました。わらにでもすがりたい気持ちがありながら、当時主婦だった私には家を空けての学びは大冒険だし、かなりの投資額。しばらく悩んでいましたが、家族と友人の後押しもあり、月に1度東京に行っての7つの習慣の学びが始まりました。
受講中はひたすら自分と向き合い、これまでの経験で持ってしまった非効果的なパラダイム(思い込み)を書き換える日々。それまでの私が習慣としていたのは、なんと!7つの習慣の真逆の習慣。つまり「7つの悪習慣」(;^_^A。それじゃ人生うまくいくはずはないと、今ならわかります(笑)。7つの習慣の内容を理解しながらワークに取り組み、実際の生活で実践。習慣を変えるのは大変!うまくいったりいかなかったりの繰り返しでしたが、共に学ぶ仲間のサポートもあり、私自身少しずつ変化していきました。ヒロや娘をどれだけ傷つけてきたか…。これまでの無礼を心から謝りました。自己肯定感が低かった私も、7つの習慣効果で、少しずつ自分に価値を置けるようになってきて、次第にヒロや娘とも自然に話せる関係に。7つの習慣(R)実践会ファシリテーター試験の前日、「ママならきっと大丈夫!試験頑張ってね!」娘からの励ましのメモには泣けました。娘も大学受験の最中にかかわらず、私を応援してくれたのです。こんな娘の素晴らしさに目を向けず、変えようとしていたことを深く反省しました。全部私のパラダイム(思い込み)が創り出していた現実だったのですね。こうして家族との関係も大きな変化を遂げました。そして4か月後、試験に一発合格!認定資格を得ると共に、私の人生が幸せで喜びに生きる人生へと大きく舵を切ることができたのです。

episode7.

7つの習慣(R)実践会ファシリテーターとして歩みだす。笑顔と輝きでよりよい人生へ

こうして、2017年4月、7つの習慣(R)実践会のファシリテーターとして本格的に始動。はじめは友人数名に、7つの習慣(R)実践会を開催したのがきっかけで、「これはいい!」と少しずつ口コミで広がっていきました。こうして、実践会で成果を出された参加者の皆さんからの紹介で次々に参加者が増え、約4年間で400回を超え、次第に周知されるようになったのです。書店の一画、集会所など小規模で開催するうちに、東京や名古屋での出張開講をはじめ、実践会開催を求める声が増え、4年間で約400回を超え、のべ1300人を超える人が参加していただけるようになっていました。2020年4月からはコロナの影響もあり、オンラインでの講習も本格的になり、主婦や経営者、個人事業主の方などビジネスにも生かしたい方まで受講してくださるようになりました。
7つの習慣(R)実践会を開催し続けていて、受講された方の家族関係がよくなったり、新しいことを始められたりと、ドンドン変化されていく姿を目の当たりにし、7つの習慣は本物だと実感!そして、頻繁に実践会を開催することで、7つの習慣を学び実践せざるを得ない状況にあったことで、飛躍的に変化していったのだと思います。7つの習慣が生活の中で当たり前の「習慣」になってくると、何があっても大丈夫!揺らがない心の安定が保てるようになります。ピンチの時こそ、7つの習慣を総動員すればいいことが分かっているからです。今では、夫とは定期的に夫婦ミーティングを開き、今ではビジネスパートナーとしても一緒に助け合って仕事をさせていただいています。3年前は主婦で人生諦めかけていた私が、7つの習慣(R)実践会を始め、クリニックや企業への研修提供やコンサルタントとしてこんなにも活躍できているなんて、本当に夢のようです。しかも、家族や素敵な仲間に囲まれて、毎日が幸せな生活。もう、感謝しかありません。
私が単に知識として7つの習慣を知っていただけではここまでの変化はなかったと思います。書籍にも紹介されているように、「知識×スキル×意欲」を持続させることで初めて習慣となります。だから継続的に学ぶことが必要なのだと思います。実際に実践会に2周目3周目と参加されている方は、本当に幸せそうで、人生の流れそのものを変えていらっしゃる感じです。

最後にひとつ、これまで一番印象に残る参加者のケースをご紹介します。代々お医者さん一家の奥様です。地方大学の歯学部に通う息子さんとの関係に悩んでおられました。医学の道への期待を受けていた彼でしたが、学生生活はもちろん生活全般うまくいっていないようで、毎回実践会の中で話題に上っていました。回を重ねるごとに、彼女は、いかに息子さんへのパラダイム・関わり方が不適切だったかに気づいていかれました。その息子さんがある日、音信不通となってしまいました。その前の様子がおかしかったので、心配でたまらなくなり、急いでたずねてみたけれど、玄関のドアはしまったまま。インターホンにも応答なし。生きているか分からない中で、マンションのドアを強行突破!すると、ゴミだらけの部屋にまるで廃人のごとく横たわる息子さんを発見。口に手を近づけるとかすかに息が感じられ、生きていることが判明。生きる気力もなくしていた息子さんを、危機一髪で救えたわけです。すぐに大学の中退手続きやマンションの解約を済ませ、息子さんを家に連れ戻されました。「医者になるのが当たり前」との無言のプレッシャー、過度な期待、不適切な関わり方がどれだけ彼を追い込んでいたことを猛省。「生きているだけで素晴らしい!」そう心から思えるようになったそうです。それからは環境も一新、期待を手放し、息子さんは少しずつ自分らしさを取り戻していっているそうです。7つの習慣の学びが、息子さんの命と家族を救った心に残るエピソードです。彼女はその後、同じような状況で悩む方の相談にも乗られていらっしゃるとの嬉しいご報告もいただきました。負の連鎖から幸せの連鎖を生む7つの習慣。その力は本当にスゴいと実感しています。

ここ数年、社会的地位や経済的に豊かな方に出会わせていただいていますが、驚いたことに、憧れるような恵まれた生活をされていても、幸福とは言い難い方がいらっしゃることが分かりました。本当に残念なことです。そのような方々に、7つの習慣を通じて真の豊かさと幸せを感じる人生へと導かせていただくことこそ、私のミッションだと思っています。現在、ありがたいことに、医療法人様へ7つの習慣(R)FBCプログラムの提供しながら、院長先生にコンサルさせていただいています。院長先生はじめ、クリニックのスタッフさんがどんどん幸せな方向へ進まれ、大きな成果へ結びついていることをとても嬉しく思っています。 2020年コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、世の中が大きく変化し始めています。窮地に陥っている方が増えていっていることを心苦しく思っています。これまでのマインドでは対応ができず。今まさに、個々のマインドを大きく変化させていくタイミングなのだろうと思います。「変化が大きいほど、困難なチャレンジであるほど『7つの習慣』の持つ意味も大きくなる。」このコヴィー博士の言葉をかみしめています。 今後も、輝きと可能性を引き出し、人生を望む方向へと導く「7つの習慣」の世界へとお連れしていきます。